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東京地方裁判所 昭和54年(行ウ)10号 判決 1980年10月28日

原告 荒木実業株式会社

被告 板橋税務署長

代理人 小野拓美 吉岡榮三郎 ほか三名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた判決、

一  原告

1  被告が原告に対し昭和五一年一二月二七日付けでした原告の昭和五〇年五月一日から昭和五一年四月三〇日までの事業年度の法人税の更正及び過少申告加算税賦課決定を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

主文と同旨

第二当事者の主張

一  原告の請求原因

1  原告は、昭和五〇年五月一日から昭和五一年四月三〇日までの事業年度の法人税につき、昭和五一年六月三〇日、所得金額を一一万九〇四七円の欠損として、青色申告書により確定申告を行つたところ、被告は、同年一二月二七日付けで、所得金額を五五二万七九二五円、納付すべき本税の額を一五四万七四〇〇円(更正にかかる所得に対する法人税額一三八万九八〇〇円及び右確定申告に基づき還付された所得税額一五万七六八七円を合算し一〇〇円未満の端数を切り捨てた額)とする更正及び過少申告加算税七万七三〇〇円の賦課決定(以下あわせて「本件処分」という。)を行つた。

2  原告は、被告の右処分について、昭和五二年一月二七日、国税不服審判所長に対し審査請求を行つたが、昭和五三年一一月六日、請求棄却の裁決を受けた。

3  しかしながら、本件処分は、次の理由により違法であるから取り消されるべきである。

(一) 更正通知書の理由附記の不備の違法

(1) 本件処分にかかる更正通知書には、更正の理由として、

「有価証券譲渡益計上もれ 五、四〇七、五〇〇円

五〇年一一月取締役荒木茂子に対し東洋防水布製造株式会社の株式三六〇、五〇〇株を一株当り八五円総額三〇、六四二、五〇〇円で譲渡しているが、同社株式の譲渡日における東京証券取引所の公表価格は一株一〇〇円であるので、譲渡価格と公表価格との差額一株当り一五円総額五、四〇七、五〇〇円は有価証券譲渡益として当期の益金の額に算入します。なお、当該金額は荒木茂子に対する経済的利益の供与として賞与に該当するので損金の額に算入されません。

受取配当のうち益金算入額 二六二、八一二円

受取配当のうち支払配当を超える金額の二五%は益金に算入します。」

と記載されている。

(2) しかしながら、右附記理由のうち、有価証券譲渡益計上もれの項目についていえば、原告が訴外荒木茂子(以下「茂子」という。)に対し訴外東洋防水布製造株式会社(以下「訴外会社」という。)の株式を一株当たり八五円で譲渡したことが低廉譲渡に該当するという点につき、単に東京証券取引所の公表価格が一株一〇〇円であるということが明らかにされているにとどまり、後記(二)の(3)で主張するような本件の特殊事情のもとでもなおかつ低廉譲渡に該当するとする具体的根拠が示されていない。その上東京証券取引所の公表価格と右譲渡価額との差額が益金に算入されるという点については、それが税法の解釈上疑義の余地のないほど明白でかつ一般納税者に周知の法理であるとはいえないにもかかわらず、法律的根拠についての説明が記載されていない。更に、受取配当のうち益金算入額の項目に関しても、受取配当及び支払配当のそれぞれの金額が記載されておらず、右益金算入額算定の根拠となるべき基本的事項の具体的明示がなされていない。したがつて、前記記載は更正の理由附記として不備であるから、本件処分は違法である。

(二) 所得金額の過大認定の違法

(1) 被告は、原告が昭和五〇年一一月一三日、茂子に対し訴外会社の株式三六万〇五〇〇株(以下「本件株式」という。)を一株当たり八五円、総額三〇六四万二五〇〇円で譲渡したことをもつて低廉譲渡に当たるとし、右譲渡価額と同日における東京証券取引所公表の右株式の価格との差額一株当たり一五円、総額五四〇万七五〇〇円は法人税法二二条二項により益金に算入されるとしている。

(2) しかしながら、本件株式の譲渡は、同条項にいう「有償による資産の譲渡」に該当するものであり、右譲渡によつて得た収益は正にその譲渡対価であるから、その収益は一株当たり八五円、総額三〇六四万二五〇〇円と解すべきである。

(3) 仮りにそうでないとしても、株式の譲渡における適正価額は、証券取引所公表の株式価格のみならず当該株式の銘柄、取引数量、需要と供給の度合、譲渡の必要性及び動機その他当該譲渡にかかる諸事情を総合勘案して決定されるべきであるところ、本件においては、次のような理由により、一株当たり八五円とした譲渡価額は適正価額というべきである。

(イ) 原告は、本件株式を譲渡した当時、原告の代表取締役である訴外荒木晃久(以下「晃久」という。)に対し、既に弁済期が到来している借受金総額三〇六四万三八〇六円(元金二六三三万六二九五円、利息四三〇万七五一一円)の返還債務を負担していたところ、晃久は、昭和四七年八月三〇日に死亡した養父訴外荒木慶次郎(以下「慶次郎」という。)の遺産相続に伴う相続税のうち、納付期限を昭和五一年二月二八日として延納許可を受けていた四〇二四万七四〇〇円の納付資金を捻出するために、原告に対し右貸付金の返済を督促していた。原告としては、右債務を弁済するためには、本件株式を売却し、その代金を充てるほかに返済の方法がなかつた上、訴外会社の株価は昭和五〇年六月以降下落の傾向を示していたので、より一層の損失を回避するためにも、本件株式を緊急に譲渡する必要があり、証券取引所公表価格を下回る価額での譲渡も、やむを得ない状況にあつた。

(ロ) 更に、本件株式は、訴外会社代表取締役でもある晃久所有の株式とともに、晃久の一族が訴外会社の経営権を掌握する基盤となつていたことから、晃久は原告に対し、本件株式を譲渡するに当たつては、<1>買主が本件株式の議決権行使につき売主たる原告の意見に従うこと、<2>買主が本件株式を譲渡する場合には、原告又は晃久に本件譲渡価額をもつて譲渡することとし、第三者への譲渡を禁止することの二つの特約を付することを要請したので、原告もこれを承諾し、本件株式の譲受人たる茂子との間で右特約が付された。このような特約付きの株式譲渡を証券取引所で実現することはそもそも不可能であり、証券取引所公表価格を下回る価額での譲渡もやむを得ないものというべきである。

(ハ) また、証券取引所を通じて本件株式を一度に売却したとすると、その数量がそれまでの出来高に比し大量であつたため、株価が暴落し、額面(五〇円)割れするのは必至の状況にあつたのであるから、その場合に形成されたであろう価格をはるかに超えた価額でなされた本件株式譲渡を低廉譲渡に当たるとすることはできない。更に、本件のように大量の株式を、株価を暴落させることなく証券取引所を通じて円滑に譲渡するためには、売買立会場外において大量の株式の売付注文を執行する立会外分売制度によるほかなく、これを利用した場合には、市場価格から一〇パーセント以内の金額を減額した価額で取引が行われるほか、一株につき売付委託手数料及び立会外分売引受料として合計三円四〇銭の手数料を徴収されることになるから、証券取引所公表価格から一五パーセント減額したにすぎない本件株式の譲渡価額は、社会的にみて相当な範囲内にあると解すべきである。

二  請求原因に対する被告の認否

1  請求原因1及び2の事実は認める。

2  請求原因3のうち、(一)の(1)及び(二)の(1)の各事実は認め、その余の主張は争う。

三  被告の主張

1  更正通知書の理由附記の適法性

(一) 有価証券譲渡益の計上もれについて

本件更正通知書の附記理由によると、被告は本件株式の時価を本件株式譲渡日における東京証券取引所の公表価格であると認定し、右公表価格と本件株式の譲渡価額との差額を有価証券譲渡益の計上もれとして益金に算入する更正を行つていることは明らかであり、その根拠となつた資料の摘示に欠けるところはない。なお、原告が本件調査段階で本件の特殊事情として申し立てたのは、前記請求原因3の(二)の(3)の(ハ)の事実のみであり、このような事情は本件株式の時価を認定するのに何ら影響を与えるものではないから、更正通知書の附記理由の中で、これについて逐一言及する必要はないものというべきである。

また、右更正通知書には、本件株式の譲渡による収益の計上もれとして、本件株式の時価と譲渡価額との差額に相当する金額を益金の額に算入することを明記しているところ、譲渡益に対する課税が法人税法二二条二項の規定に基づくことは当然のことであるから、附記理由として、あえて法律的根拠(根拠条文や解釈)を掲記しなければ不十分であるということはできない。

(二) 受取配当の益金算入額について

被告がした受取配当のうち益金算入額の加算は、原告が提出した確定申告書記載の金額をそのまま用いて計算し、右申告書の誤りを是正したものにすぎないのであるから、原告が本件附記理由の記載から容易にその金額等を理解し得ることは明らかである。

(三) 以上、本件更正通知書には、理由附記として何ら不備はないから、原告の主張は失当である。

2  所得金額認定の適法性

(一) 本件事業年度における原告の所得金額は、次のとおりであり、被告の更正及び過少申告加算税賦課決定はいずれも適法である。

(1) 申告所得金額 △一一万九〇四七円(欠損)

(2) 調査に基づく加算額

(イ) 有価証券譲渡益計上もれ 五四〇万七五〇〇円

(ロ) 受取配当のうち益金算入額 二六万二八一二円

(3) 調査に基づく減算額

未納事業税 二万三三四〇円

(4) 差引所得金額 五五二万七九二五円

(二) 右加算金額のうち、有価証券譲渡益計上もれの算出根拠は次のとおりである。

(1) 原告は、昭和五〇年一一月一三日、原告の取締役である茂子に対し、その所有にかかる訴外会社の株式三六万〇五〇〇株を一株当たり八五円、総額三〇六四万二五〇〇円で譲渡した。

(2) しかしながら、訴外会社の株式は東京証券取引所第二部に上場されているところ、このような上場株式については証券取引市場を通じて不特定多数の当事者間における自由な取引により市場価額が形成されており、この価額をもつて当該株式の時価と解するのが相当であり、したがつて、本件株式の譲渡日における時価は、同日の東京証券取引所公表の株価一株当たり一〇〇円と解され、その総額は三六〇五万円となる。

(3) ところで、法人税法二二条二項は、資産の譲渡益についていえば、資産の売買、交換等による流出を契機に顕在化した資産の値上り益に対し課税することを本質とするものであつて、右流出資産に対し代金の受け入れその他資産の増加をきたす反対給付を伴うと否とにかかわらないと解すべきであり、したがつて、資産が第三者に譲渡された場合には、その譲渡が無償若しくは低廉な価額でなされたときでも当該資産の譲渡時における時価相当額の収益があつたものとしなければならない。

(4) ゆえに、本件株式の譲渡日における時価総額三六〇五万円と本件譲渡価額総額三〇六四万二五〇〇円との差額五四〇万七五〇〇円は法人税法二二条二項により益金に算入されるべきものである。

四  被告の主張に対する原告の認否

1  被告の主張2の(一)のうち、(1)、(2)の(ロ)及び(3)は認め、その余は争う。

2  被告の主張2の(二)のうち、(1)の事実及び訴外会社の株式が東京証券取引所第二部に上場され、本件株式の譲渡日における公表株価が一〇〇円であつた事実は認め、その余の主張は争う。

第三証拠 <略>

理由

一  請求原因1及び2の事実は当事者間に争いがない。

二  更正通知書の理由附記について

本件更正通知書に、更正の附記理由として、原告の主張どおりの記載がなされていることは、当事者間に争いがない。

1  有価証券の譲渡益の計上もれの附記理由について

右争いのない附記理由によれば、本件更正通知書には、原告が一株当たり八五円で譲渡した訴外会社の株式三六万〇五〇〇株について有価証券譲渡益計上もれとして五四〇万七五〇〇円を加算したこと、その理由は、右株式の譲渡時の時価を一株当たり一〇〇円と認定したことに基づくこと、右時価の認定は東京証券取引所の公表価格によつたものであることが示されており、原告において更正の理由を理解し、これに対し不服申立をなすべきかどうか、いかなる点をとらえて不服申立をなすべきかを判断するに十分な説明がなされていると解される。

原告は、右附記理由には、本件株式の譲渡が原告の主張する特殊事情のもとでもなおかつ低廉譲渡に当たるとする具体的根拠が示されていない旨主張するが、法が更正通知書に理由附記を要求した趣旨は、処分庁の判断の慎重、合理性を担保し、その恣意を抑制するとともに、処分理由を相手方に知らせて不服申立の便宜を与えるにあることに照らせば、株式の時価の認定につき最も信頼性の高い客観的な証券取引所の公表価格によつたことが明らかにされている以上、そのほか更に、当該譲渡がなされるに至つた具体的事情についての処分庁の認定判断を摘示して、これと対応させながら、右公表価格を時価と認定するのが妥当である所以を逐一説明することまでは、法の要求するところではないというべきである。

次に、原告は、右附記理由には、本件株式の譲渡価額と公表価格の差額を益金に計上する法律的根拠についての記載がない旨主張するが、法人税法上益金に算入されるべき金額は同法二二条二項に定められているのであるから、右差額の益金計上が同条項に基づくものであることは、特段の説明を要せずして明らかである。もつとも、資産の無償又は低廉譲渡の場合に時価との差額相当額を益金に計上すべきか否かについては、条文上必ずしも明白ではなく、従前から見解の分かれているところであるが、このような法律解釈上の問題は、処分庁のとつた結論が明らかにされていれば然るべき方法により相手方がその当否を検討することができるものであるから、その解釈上の論拠についてまで記載する必要はないというべきである。

2  受取配当のうち益金算入額の附記理由について

原告は、本件更正通知書に受取配当額及び支払配当額の記載がない点をとらえ、受取配当の益金算入額算定の根拠となるべき基本的事項の具体的明示がないと主張する。

しかしながら、租税特別措置法四二条の二第一項により受取配当額から支払配当額を控除した金額の一〇〇分の二五に相当する金額は益金に算入される旨規定されているところ、<証拠略>によると、原告は、本件確定申告書において、受取配当額を一〇五万一二五〇円、支払配当額を〇円と記載しながら、受取配当の益金算入額について何ら記載しなかつたことが認められる。そして、本件更正通知書には、「受取配当のうち益金算入額二六二、八一二円。受取配当のうち支払配当を超える金額の二五%は益金に算入します。」と記載されているところ、この記載から、被告が原告の所得金額計算の誤りを指摘し、原告申告にかかる受取配当額一〇五万一二五〇円の二五パーセントに相当する二六万二八一二円を益金に算入していることが原告において容易に理解できるものというべきである。したがつて、本件更正通知書の右附記理由が不備であるということはできない。

3  以上、本件更正通知書の附記理由には何ら不備な点はなく、原告のこの点に関する主張は失当である。

三  所得金額の認定について

1  本件事業年度における原告の申告所得金額が一一万九〇四七円の欠損であり、これに受取配当のうちの益金算入額二六万二八一二円を加算し、未納事業税額二万三三四〇円を減算すべきことについては、当事者間に争いがない。

そこで、有価証券譲渡益計上もれ五四〇万七五〇〇円の加算の適否につき判断する。

2(一)  原告が、昭和五〇年一一月一三日、原告の取締役である茂子に対し、その所有にかかる訴外会社の株式三六万〇五〇〇株を一株当たり八五円、総額三〇六四万二五〇〇円で譲渡したこと、訴外会社の株式は東京証券取引所第二部に上場されており、同日における証券取引所の公表価格は一株当たり一〇〇円であつたことについては、当事者間に争いがない。

(二)  ところで、原告は、本件株式の譲渡による収益の額は譲渡対価とみるべきである旨主張するが、法人税法二二条二項が資産の譲渡にかかる収益を益金として課税の対象としているのは、法人の資産が売買、交換等によりその支配外に流出したのを契機として、顕在化した資産の値上り益の担税力に着目し、清算課税しようとする趣旨であるから、課税の対象となる収益の額は、譲渡対価の有無やその多寡にかかわりなく、当該資産が譲渡された当時における時価相当額をもつて算定すべきである。法人が資産を時価相当額より低廉な対価により譲渡した場合には、あたかも右資産を時価相当額で譲渡すると同時に、その譲渡対価との差額を譲受人に贈与したのと同一の経済的効果を有するのであり、これとの税負担の公平という見地からしても、収益の額は右資産の時価相当額によるべきであつて、原告の主張は採用できない。

(三)(1)  そこで、本件株式の譲渡日における時価相当額について考えるに、譲渡性を有する株式の取引が、公正な価額により円滑かつ迅速に行われるための流通機構として、証券取引所及びその開設する有価証券市場が存在している目的からみて、特段の事情が存しない限り、当該株式譲渡がなされた当日における証券取引所の公表価格をもつてその時価相当額と解すべきである。

(2) ところで、原告は本件株式の譲渡価格を右公表価格より低い一株当たり八五円とした特段の事情につき主張するので、まず本件株式の譲渡がなされた経緯につきみるに、<証拠略>によれば、原告は、内外ゴム製品、プラスチツクの製品、繊維製品及びその原料の売買等を目的とする会社で、晃久が代表取締役、同人の妻である茂子及び養母(茂子の実母)である訴外荒木マツがそれぞれ取締役に就任し、晃久、茂子及び同人らの長男修一、次男憲治の四人が株主となり、晃久の住所を本店所在地としていたが、実質的な営業活動は行つていなかつたこと、一方、訴外会社は、晃久の養父(茂子の実父)である慶次郎が筆頭株主兼代表取締役をしていた会社で、原告は、訴外会社の株式が東京証券取引所第二部に上場された昭和三七年ころから、慶次郎から資金を借り入れて訴外会社の株式を取得してきたこと、昭和四七年八月三〇日慶次郎が死亡したため遺産の分配を行つた際、晃久は、慶次郎の原告に対する右貸付金債権総額二五九九万六〇三〇円などのほか、訴外会社の経営権を承継するため慶次郎の有した訴外会社の株式二二四万九一〇六株全部を相続することとし、共同相続人である前記マツ及び茂子とともに昭和四八年七月二一日付けで遺産分割協議書を作成したこと、これによつて晃久は訴外会社の筆頭株主兼代表取締役となつたこと、ところが、茂子は、その後右遺産分割に不満を持ち、訴外会社の株式を五〇万株程持ちたいと望んだため、晃久は、原告の所有する訴外会社の株式三九万〇五〇〇株のうち三六万〇五〇〇株を市場価格の安い時期に原告から茂子に譲渡することにしたこと、その結果、原告は、前記のとおり、昭和五〇年一一月一三日、茂子に対し本件株式を譲渡したが、それと同時に、晃久も、茂子の希望した五〇万株に不足する分として自己所有にかかる訴外会社の株式のうちから一三万九五〇〇株を茂子に譲渡したこと、その際、右晃久所有株式の譲渡価額については、公認会計士から、個人同士の売買において譲渡価額を市場価格より安くすると贈与税がかかる旨の忠告を受けたので、同日の証券取引所公表価格である一株一〇〇円、総額一三九五万円としたことが認められ、右認定に反する原告代表者の供述は措信できない。

(3) 原告は、特段の事情の一として、晃久が相続税の納付資金を捻出するために原告に対し貸付金の返済を督促していた旨主張する。

しかし、<証拠略>によると、原告は、昭和五〇年四月三〇日当時、晃久に対し、前記慶次郎からの相続分も含め、総額三〇六四万三八〇六円(元金二六三三万六二九五円、利息四三〇万七五一一円)の借入金債務を負担していたこと、また、晃久は、前記慶次郎の遺産相続に基づく相続税二億三五六二万九九〇〇円のうち、一億八一〇九万七九〇〇円について昭和四九年二月一四日付けで延納の許可を受けていたが、昭和五一年二月二八日には右延納許可を受けた金額のうち、四〇二四万七四〇〇円を納めることとなつていたことが認められるが、<証拠略>によると、原告は、茂子から受けるべき本件株式の譲渡代金三〇六四万二五〇〇円を晃久に対する前記借入金債務の返済に充て、晃久がこれを茂子から直接受領することにし、晃久個人が茂子に譲渡した前記株式の代金一三九五万円と合わせて四四五九万二五〇〇円を茂子から晃久に支払うこととなつたが、右のうち一五〇〇万円については、昭和四八年八月三日に中央信託銀行本店営業部振出しの小切手により茂子が晃久に貸し付けていた一五〇〇万円と相殺し、その残額二九五九万二五〇〇円を前記相続税の分納額の納付期限である昭和五一年二月二八日までに支払うことにしたこと、茂子は、これに従い、同月二五日、同銀行本店営業部の金銭信託二五一四万二四二八円(元金二五〇〇円、利息一四万二四二八円)を解約して同店の晃久名義の普通預金口座に振り込んだが、残金については、茂子が昭和五一年及び昭和五二年に訴外会社から受け取るべき株式の配当金をもつて充てることにしたこと、晃久は、昭和五一年二月二五日、訴外十字屋証券株式会社に対する自己の預け金四〇五二万七六一〇円の中から、富士銀行兜町支店長振出しの小切手二通(小切手番号四五八四、四五八五、額面金額各一五〇〇万円)により三〇〇〇万円の払戻しを受け、翌二六日、うち一通(小切手番号四五八五)を同人の前記普通預金口座に現金三〇万円とともに預け入れたのち、同月二八日、右口座から四〇二四万七四〇〇円の払戻しを受けて、同人の前記相続税の分納額を納めたこと、また、晃久は、同月二六日、右小切手のうち残り一通(小切手番号四五八四)を第一勧業銀行兜町支店の同人名義の普通預金口座に預け入れたのち、同月二八日、右口座から一九九一万三〇〇〇円の払戻しを受け、茂子が、昭和四九年二月一四日付けで延納の許可を受けていた慶次郎の遺産相続に基づく相続税八五四九万八四〇〇円のうち昭和五一年二月二八日を納付期限としていた分納額一九九一万三〇〇〇円を納めたことが認められるのであつて、結局、原告及び晃久が茂子に対し譲渡した訴外会社の株式の代金のうち、晃久が自己の相続税を納付するのに使用したのは、茂子から受領した二五一四万二四二八円から茂子に代わり納付した茂子の相続税一九九一万三〇〇〇円を差し引いた五二二万九四二八円にすぎなかつたことが認められるのに対し、<証拠略>によると、晃久は、昭和五一年二月二五日現在で、訴外十字屋証券株式会社に預け金として四〇五二万七六一〇円及び信用取引にかかる差入保証金として六三〇万円を、また、第一勧業銀行兜町支店の同人名義の普通預金口座に七八一万七七五八円の預金をそれぞれ有していたことが認められ、<証拠略>によると、晃久は、昭和五〇年八月一日に富士通の株式五万株を代金一九三五万五二二八円で、昭和五一年二月二八日に豊田自動織機製作所の転換社債を代金二四〇八万〇七九二円でそれぞれ購入し、保証金代用有価証券として訴外十字屋証券株式会社に差し入れていたこと、晃久の昭和五一年の申告所得金額は二一六三万三八八六円であつたことが認められるのであつて、晃久は自己の相続税を納付するだけの十分な資金的余裕があつたことは明らかである。また、茂子についてみても、前記中央信託銀行本店営業部の金銭信託二五〇〇万円を有していたほか、<証拠略>によると、昭和五一年二月当時、訴外十字屋証券株式会社に預け金として八八万八四九三円、信用取引にかかる差入保証金として二一四万五四一四円、並びに保証金代用有価証券として昭和五一年一月二八日に代金一二四二万二七五八円で購入した日本ペイント株式会社の転換社債及び昭和五一年二月二日に代金二〇二九万一〇七一円で購入した同会社及び明治乳業株式会社の転換社債をそれぞれ有していたことが認められ、茂子に自己の相続税を納めるだけの資金があつたことも明らかである。

以上の事実に晃久が原告の代表取締役であることを併せ考えると、本件株式の譲渡当時、晃久らの相続税の納付資金に充てるために原告が晃久からの借入金を返済しなければならない緊急の必要に迫られて、そのために原告が本件株式を公表価格以下の価額で譲渡せざるを得なかつたものであるとはとうてい認めがたいところであり、結局、本件株式の譲渡は、(2)で認定した茂子の希望にそつて同人に訴外会社の株式を保有させるために株価の安い時期を選んで行われたもので、右譲渡代金の一部が荒木家全体の資産運用計画の中で相続税の分納に充てられたにすぎないとみるべきである。これに反する原告代表者の供述は採用することができない。

なお、原告は、訴外会社の株式価格は下落傾向にあつたので、原告としては、より一層の損失を回避するためにも本件株式を譲渡すべき緊急の必要性があつた旨主張するが、<証拠略>によると、東京証券取引所における訴外会社の株式の各月の終値平均価格は、昭和五〇年六月が一二五円、同年七月が一二二円、同年八月が一〇五円、同年九月が一〇三円、同年一〇月が出来高なし、同年一一月が一〇一円と全体として下落の傾向にあつたけれども、訴外会社は第六五期(昭和四九年一月決算)から第六七期(昭和五〇年一月決算)まで半年ごとに一株当たり三円の株式配当を継続し、一応順調な業績を挙げていたこと、訴外会社の株価の日々の推移を見ると、右の三期中、株価がその最低価格である一〇〇円を示したのは同年九月五日及び同月三〇日のほか、本件株式の譲渡が行われた同年一一月一三日しかなく、それ以降は上昇傾向に転じていることが認められるのであり、前記認定のような晃久、茂子と原告及び訴外会社との関係並びに原告が実際上営業活動を行つていない会社であることなどをも勘案すると、本件株式譲渡が株価の下落による損失を回避するために行われたものと解することはできない。

以上の結果によると、原告に本件株式を緊急に譲渡しなければならなかつた事情が存したとは認められず、この点についての原告の主張は採用できない。

(4) 次に、原告は、特段の事情の二として、本件株式の譲渡価額を一株当たり八五円としたのは、訴外会社の経営権を維持しようとする晃久からの要請に基づき、原告が譲受人たる茂子との間で、議決権行使の制限及び第三者への譲渡禁止の特約を付したためである旨主張し、これに沿う証拠として原告の取締役会議事録(<証拠略>)を提出し、原告代表者も同旨の供述をする。

まず、茂子との間で本件株式譲渡につき原告主張のような特約を付する必要性があつたか否かの点につきみるに、<証拠略>によると、訴外会社は、前記のとおり、茂子の実父で晃久の養父である慶次郎を相続した晃久がその筆頭株主兼代表取締役であり、また、茂子の実母で原告の養母である訴外荒木マツも監査役に就いていたこと、訴外会社の本件株式譲渡が行われた当時の株主構成は、晃久が同会社の発行済株式総数の四〇・九六パーセントに当たる二四五万七五五二株を所有していたほか、晃久、茂子らの同族会社である原告が三九万〇五〇〇株を有して第二の大株主の地位にあり、また、同人らの長男修一、次男憲治も若干ながら訴外会社の株式を有しており、荒木家全体で訴外会社の経営権を維持してきていること、晃久と茂子の夫婦仲にも問題のないことが認められ、茂子が荒木家の訴外会社に対する支配力を弱めるような行動に出ることは全く予想されず、原告主張のごとき特約を付する必要性はなかつたものというべきであり、このことは、本件株式譲渡と同時に行われた晃久から茂子に対する訴外会社の株式の譲渡については何ら特約が付されなかつたこと(原告代表者尋問の結果により認められる。)からみても明らかである。更に、<証拠略>によると、原告は、本件処分の調査段階において被告に提出した書面及び本件審査請求の段階において国税不服審判所長に提出した反論書では、本件株式譲渡が低廉譲渡に当たらないとする根拠として右特約の存在については何ら主張していなかつたことが認められる。

以上のほか、前記の本件株式譲渡に至る経緯を総合考慮すると、本件株式譲渡に原告が主張するような特約が付されていた旨の<証拠略>はたやすく措信することができず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。また、仮りに形式上右特約が存在したとしても、それは、譲受人たる茂子にとつて実際上何の負担ないし制限となるものでもなく、それによつて譲渡価額が左右されるようなものではなかつたというべきである。

したがつて、右特約が存在したために本件株式を低額で譲渡せざるを得なかつたとする原告の主張は採用できない。

(5) 原告は特段の事情の三として、本件株式はそれまでの出来高からみて大量のものであり、これを一度に証券取引市場で売却した場合には株価が暴落するのは必至の状況であつたから、本件株式譲渡をもつて低廉譲渡に当たるとすることはできないし、また、証券取引所の立会外分売制度を利用した場合には市場価格から一〇パーセント以内の金額を減額した価格で売却でき、手数料も徴収されるのであるから、公表価格から一五パーセントを差し引いた本件程度の減額は許されるべきである旨主張する。

確かに、大量の株式を証券取引市場に一挙に放出すれば株価が下落することは一般的には避けられないことであるし、また、<証拠略>によると、証券取引所の会員である証券会社が顧客から受託した一定数量以上の売付注文を売買立会場内の通常の売買方法により適正な価格でかつ適当な時間内に処理できない場合に、同取引所の承認、管理のもとでこれを適切に行う方法として立会外分売の制度があり、その一方式である固定値段方式では、右承認の日における最終の約定値段とこれから一〇パーセント相当額減額した値段の範囲内で委託者が指定した値段により取引が行われ、また、この場合、右証券会社は委託者から委託手数料のほかに一定率による立会外分売引受料を徴収するものとされていることが認められる。しかし、前記認定のような荒木家と訴外会社及び原告との関係や本件株式譲渡に至る経緯からみて、茂子が買わなければ、本件株式を一度に証券取引所の立会を通じて売却するとか、あるいは株式の公売を前提とした立会外分売制度を利用して売却するということなどはあり得ず(このことは原告代表者も認めるところである。)、右あり得ない状況を仮定した上で本件株式の時価を推定することはできないものというべきであつて、訴外会社の資産、利益配当等を反映した結果としての証券取引所公表価格をもつて本件株式の時価と評価することを何ら妨げるものではない。

(四)  以上により、本件株式の時価は、本件譲渡がなされた昭和五〇年一一月一三日の証券取引所の公表価格である一株当たり一〇〇円、総額三六〇五万円と認めるのが相当であり、本件譲渡価額との差額一株当たり一五円、総額五四〇万七五〇〇円は法人税法二二条二項により益金の額に算入されることとなる。

3  そうすると、原告の本件事業年度における所得金額は、その申告所得金額一一万九〇四七円(欠損)に右株式の譲渡益計上もれ五四〇万七五〇〇円及び受取配当のうち益金算入額二六万二八一二円を加算し、未納事業税額二万三三四〇円を減算した金額五五二万七九二五円となるから、本件処分には所得を過大に認定した違法は存しない。

四  よつて、原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 佐藤繁 泉徳治 川口宰護)

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